カルチャー加藤くんの文化活動

映画、本、喫茶店、文具、音楽、ファッション、アート、お笑いとかのカルチャーのはなし

お笑いファンは私小説家の西村賢太さんを好きになるはず

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ぼくは小説家の西村賢太さんが好きだ。それは西村賢太さんの書く作品だけ好き、ということではなくて西村賢太さんその人も同時に好き、ということだ。この感覚はお笑い芸人を好きになる感覚と似ている。例えば僕は松本人志さんが好きなのだけどそれは松本人志さんの作るネタやトークつまり作品だけが好きなのではなくて、松本人志さんその人も同時に好きだということだ。ここでみなさんはいやそれ、ファンってそういうことじゃね?と思うかもしれない。ただ少し待っていただきたい。映画や小説を好きになるとき必ずしもその作り手も好きになるということではないと思う。俺この小説めっちゃ好き!でもその作家はどんな人かよくしらなーいなんてことはよくあると思う。でもおれガキの使いめっちゃすき!でもダウンタウンってどんな人かよくしらなーいなんてことはないと思う。映画や小説はお笑いに比べて作者と作品の距離が遠いからそうなるのだと思う。ただ、小説家の西村賢太さんはというと非常に作者と作品の距離が近い。つまりお笑い芸人的なのだ。ではなぜ距離が近いのかというと、それは西村賢太さんの書く小説が「私小説」というジャンルだからだ。私小説というのは作者自身が現実に体験したことを元に虚構も交えて語るというジャンルだ。お笑いで例えるとすべらない話みたいな感じ。そして西村賢太さんの私小説はまさに、すべらない話ばりに大爆笑できるのだ。漫画を読んでクスッと笑うとかっていうレベルではなくパンッ!と虚を突かれ、アハハハハハと自覚なしに爆笑してしまいそんな自分に驚くみたいな、それほどソリッドで切り味鮮やかに笑わされる。斬られたのにしばらく気づかずに、時間差で血のりがブシュととんだ侍。みたいなイメージ。アンド、何言ってんだよこの人、、と思わずニヤッとするような燻りもあるし、落語のような声に出して笑うというより、ずっと頬が緩んでしまうような面白味、味わいもある。とにかくすごく笑える。この感覚は、西村賢太「小銭をかぞえる」文庫版の町田康さんの帯文が見事に、バシリと、言い表している。

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激烈におもしろい。そう西村賢太さんの私小説は激烈におもしろい。

◼️西村賢太さんの私小説紹介

ここでは僕が個人的に激烈におもしろい!となった作品をいくつか紹介させていただきたい。どの作品も激烈におもしろいなかで、あくまで僕個人がさらに激烈におもしろい!と思った作品だ。各作品を紹介するとともにどんな作風なのか自然に理解してもらえたらと思うが、その前に軽く西村賢太さんの作風というかどんな感じの話を書いているのかを話させていただきたい。まず西村賢太さんという人はテレビで風俗に通っていることを平然と話したり、暴行による前科二犯だと公言したりとまさに無頼といった感じだ。小説にもそれは現れていて、同棲相手に対する暴行、暴言。貧困な生活の情けなさをそのまま曝け出していたりして、読む人によってはウッと引いてしまうような内容かと思う。ただそれが激烈におもしろいのは、その内容と対照的な古めかしい表現を使った文体というか、西村賢太さん自身、自分は非常にスタイリスト(かっこつけ、というか美学があるみたいなこと)と言っているように、とてもかっこいいカチッとした二枚目な文章で語られるためだと思う。ひどい内容にかっこいい文体。この温かいパンケーキに冷たいアイスクリームが乗ったような、頬落ちんばかりの絶妙なギャップが激烈におもしろい因だとぼくは、思っている。さて、いよいよおすすめの私小説を紹介させていただこう。(紹介するのはいずれも短編のみ)

①腋臭風呂(二度は行けぬ町の地図 収録)

あらすじ

その昔主人公が近所に快適な銭湯をみつける。他の銭湯と違いゴミゴミとしていないところが気に入っていたのだが、ときおり強烈な腋臭を発する男と鉢合わせることになり、、、時が現在になり主人公が久々のホテルヘルス(性風俗)へ。胸躍らせ楽しみにホテルで待機していると、そこに現れたのは強烈な腋臭を発するホテヘル嬢であった。そんなホテヘル嬢と一緒に風呂に入り、若き日の銭湯での思い出を回想するのだった、、、

 

タイトルの時点でおもしろそうだし、あらすじをパッと聞いただけで面白そうでしょ?非常に。と言わせていただきたい。主人公の人生に繰り返される腋臭風呂というモチーフがとても不潔で、かつ西村賢太さんという人をピンと表していると思う。あらすじは、あらすじというかこれでこの話は全部なのだけど、この話をいじらしく仔細に丁寧に語っていて笑わずにはいられないし、ふっと悲しく、勇気づけられる想いにもなる。激烈におもしろい。

②痴者の食卓(単行本版 痴者の食卓 収録/文庫版 夢魔去りぬ 収録)

あらすじ

同棲相手の秋恵と土鍋を買いにホームセンターへ行く主人公。売り場で鍋を眺め、秋恵は本来の土鍋ではなく、高価なホットプレート式の鍋をねだる。価格が引っ掛かり主人公は難色を示すが相談の果て、高価なホットプレート式の鍋を購入。しかし、帰って箱を開けた瞬間新品の鍋から異様なまでの薬品臭が漂い、驚愕するふたり。何遍も鍋を洗うが匂いは消えず、それが種となり、秋恵にブチ切れる主人公。そして壮絶な喧嘩に発展していく、、、

 

客観的に見ると新品の鍋から変な匂いがして、痴話喧嘩になるって馬鹿馬鹿しいなと笑ってしまうがその反面、読んでいると主人公に共感してグッと距離が近くなる。するとああ相手にイライラしてグッと怒りを抑えることあるなあとか、全て飲み込んで優しくしようとするけど、さすがにふざけんなみたいな感じで糸が切れて、全部言っちゃうみたいなことあるなあと思う。すると最後の最後に主人公が秋恵にブチギレ、酷い暴言を吐く場面に一方ではこいつは本当にひっどいやつやなあと笑っている(時には引いてしまう)一方、同時に暴力的にスカッとする快感も覚えてしまう。酷い場面なのに楽しくなってしまうのだ。それとこの秋恵に対する暴言シーンは西村作品によくあるシーンなのだけど、本来目を背けるような行為なのは分かっていても西村作品に親しんだ僕からすると、「ヨッ!待ってました!」みたいな感覚がある。ただ残酷なシーンを見せ物的に見せているだけじゃなくて、そこには主人公と秋恵に対して共感とか親しみとか悲しさとか全てが入っていて、それはさっきも言ったひどい内容にかっこいい文章のバランスだから感じられるのだと思う。ひどい内容だけだったら「うわ女の人に手あげて最悪じゃん」となってしまうかもしれないけど、そこに+かっこいい文章という芸があるから読めるんだと思う。何を書いても偉そうになってないかなあと心配ですが、僕はそう思う。

③焼却炉行き赤ん坊(小銭をかぞえる 収録)

あらすじ

ある日主人公と同棲中の彼女が、犬を飼いたいと言い出す。主人公は犬嫌いのためその主張をことごとく否定する。後日、ふたりでデパートに出かけると彼女は犬のぬいぐるみが欲しいと主人公にねだる。主人公が買ってやるとその日から彼女はまるで我が子のようにぬいぐるみを可愛がる。主人公がそんな彼女を不気味に思っているとひょんなことから実は彼女が妊娠ができない体なのではと気づいてしまい、、、、

 

この作品は僕の読んだ本の中で1番好きな、というかすごいなと思ったというか、震えた作品だ。あらすじを読んでもらっただけで結構ヘビーな内容ぽいとわかるんじゃないだろうか。女性の体のこと、それも子供が産める産めないというすごいセンシティブな内容で、不快に思う方も居ると思う。全ての方にすすられる作品ではないと思う。この作品も例の如くクライマックスに痴話喧嘩シーンがあってこれも例の如くワハハと笑って楽しく読んでいたのだけど、喧嘩がヒートアップするにつれ主人公が彼女に対していう言葉がびっくりするくらい酷くなっていく。こんなこと紙に書いていいのか!?と驚くような表現がドドドっと出てきて、もうこれは人と人の関係として本当に終わりだというラストに終着する。そこで最後の文章、その言葉、一文を読み僕は、ブワッといままでの人生で感じたことのない感情に包まれた。怖くて、悲しくて、興奮して、楽しくて、共感して、清々しくて、かっこよくて、美しくて、全部が入ってる感情になった。つまり感動した。激烈に感動した。

◼️おわりに

ということで、お笑いがすきなみさんにぜひ!

いや興味を持った全ての方にぜひ!西村賢太love